読後も覚えているような、ぐっときた言葉を紹介してゆく所存です。

あくまで作品の好きさではなく、切り取った言葉のみの好きさ。

 

 

 

だって好きな人も自分のことが好きになるなんて、すごいことじゃないですか。

ガールズファイル―27人のはたらく女の子たちの報告書『ガールズファイル』柴崎友香著

            マガジンハウスより抜粋 

 

 中学生とか高校生のとき、好きな人が自分のことを好きになるなんておとぎ話だと思っていた。そもそもともだちをつくるというかひとと話すことすら難儀だったから、とにかくずっとびくびくしていた気がする。

 自分が好かれているのかどうか、自分なんかが話しかけても迷惑じゃないだろうかと、そんなふうに思っていた。

 だからいつも自分がどう思われているかばかり考えていて、自分が誰のことを好きかだなんて、よくわからなかった。

 昔のことを懐かしく思い出すことはいいものだけれど、今当時を振り返って思うのは「俺、嫌なやつだったな」ってことで、とりあえず私は、当時の自分とともだちになりたくない。 

 

石を空に投げなさい。

戻ってこないくらい高く。

グレ-プフル-ツ・ジュ-ス (講談社文庫)『グレープフルーツジュース』オノヨーコ著

               講談社文庫より抜粋

 

 抜粋した言葉を想像したとき、怖さと気持ちよさが混じったような心もちになった。小学生ぐらい頃、投げた石がもしかして戻ってこないんじゃないかと思えるぎりぎりの年齢の頃のことを思い出したのだ。

 初めてひとが死んだ、というニュースというか話を身の回りで聞いたのは、小学校のクラスメイトであるTくんのお姉さんだった。Tくんと特別仲がよかったわけでもないし、そのお姉さんと面識もなかった。実感なんてなかったし、そもそも「死んだ」っていうことを理解していたかどうかも怪しい。

 なんて言えばいいかわからなくて、そもそもなにか言ったほうがいいかどうかもわからなくて、なんかしばらくの間Tくんをよく見ていたことを覚えている。

 まだ幼くて、自分の気持ちの表し方がわからなかったのだろう。今は思う。そういうときは、石を空に投げればいいのだ。

 

 よし、やろう。

 そう思った。やりたいように行動して、成功したら笑い、失敗したら泣けばいいんだ。

ユーフォリ・テクニカ―王立技術院物語 (C・NOVELSファンタジア)『ユーフォリテクニカ』定金伸治著

           中央公論新社より抜粋 

 

 「知っていること」なんてなるべく少ない方が楽しいと思っている。

 歩いている場所の先にあるものがわかっていることほどつまらないことはない。

 結末がわかっている読書ほどつまらないものはない。

 何を言われても「わかりませーん」とばかのふりしてしたいことをしていこう。どうせ、実際ばかなんだし。成功したら笑って、失敗したら泣けばいいんだから。

 

 

 

上から見ると、見えなくなってしまうものもある。でも、下では見えなかったものが見える。

本を読むわたし―My Book Report『本を読むわたし』華恵著/筑摩書房より抜粋

 

 よくテレビなんかで政治についてコメンテーターのひとなんかが話しているのを聞いていて、思うことがある。庶民の目線ってそんなに大事なんだろうか。

 極端な話になってしまうけれど、例えば日本国民の平均ど真ん中の女性がいるとして、そんなひとは存在しないけれど、ザ・庶民と誰もが認める女性がいるとして、すべての問題に関して庶民の目線で考えるとしたら、その人は国民の代表として政治の場で働いてはいけないような気がするのだ。

 

ぼくがもっと何も知らなくて、わがままで、あまえんぼうであった時代、ぼくも妹と同じように大事な人たちがじつはみんないつの日か死んでしまって会えなくなるのだという事実に気づいて、本当にびっくりしたことがあった。

ペンギン・ハイウェイ『ペンギンハイウェイ』森見登美彦著/角川書店より抜粋

 

 気づいたのはいつだったのだろう、あんまり賢い子ではなかったから、たぶん小学生になってからだと思う。

 家族やともだちがいずれ死んでしまうということ。

 そして自分も死んでしまうということ。

 びっくりした。

 抜粋した言葉のとおりだ。悲しいという感情とは違っていた。本当にびっくりしたのだ。そんなこと、誰も教えてくれなかったから。

 以前なにかのテレビ番組で、フランスで放映されたアニメ『タッチ』ではカツヤが死んだ場面はカットされている、というのをやっていた。教育上の配慮らしい。

  間違っていると思う。子どもだろうが、おとなだろうが、関係なく、大事なひとたちはいつだって突然目の前からいなくなる。そのことを、私たちはアニメやマンガで最初に教えられたのだから。

 

大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨からなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。

たとえば、星を見るとかして。

スティル・ライフ (中公文庫)『スティル・ライフ』池澤夏樹著/中公文庫より抜粋

 

 たとえば中学生のとき、一番欲しかったのは、「場所」だった。家と学校と、もう一つ、自分がいれる「場所」があればもっと楽に毎日を暮らせたんじゃないかと大人になってから時折考える。

 あの頃はあんまりにも世界が狭くて、でも実際の世界はあんまりにも広くて、バランスがとれなかったのだ。

 星を見るとかすればよかったのかもしれないけれど、私にとっての『たとえば、星を見るとかして』は夜家を抜けだして散歩に出かけることだった。

 酒も飲まなかったし煙草も吸わなかったから、ちょっと遠くまで歩いて、自動販売機でジュースを一本買って帰ってくる。

 それだけ。

 でもあの夜の散歩で、私はなんとかバランスをとっていたのだと思う。