土
30
1月
2010
『かいじゅうたちのいるところ』の映画を観にいったこと。
小さい頃のことを、あまりよく覚えてはいません。
覚えているのは、せいぜい幼稚園に入ってからぐらいでしょうか。ひとと話すのが苦手な子どもだった気がします。一番仲が良かった子とともだちになった理由は、あそぼうと声をかけてくれた、という若干情けないものでした。
週に一度、幼稚園の給食に出るカレーライスが一番のたのしみでした。きゃべつの千切りがいつもついていたのですが、これをカレーに入れるとおいしい、ということを発見して「大発見なんじゃないか」とすごく興奮していた記憶があります。
よく泣いていたし、今よりもずっと素直に怒っていたと思います。嫌な気持ちになったときに、うまくそれを表現できなくなったのはもっと大きくなってからでした。
牛乳が好きでした。
大きい声のひとが嫌いでした。
蟻の行列を見かけてはおもむろに殺していました。できれば通報しないでほしいんですが、笑いながら殺していました。遊びのひとつとして「蟻を殺す」っていう選択肢があったように思います。
毎日が楽しくて、毎日が怖くてしかたなくて、一日に何回かは幼稚園も友達も家族も何もかもが嫌いになっていて。
つまり、どこにでもいる普通の子どもだったんです。
『かいじゅうたちのいるところ』の原作の絵本は正直に言って読んだことはあるもののほとんど覚えていなかったんですが、映画館に観にいってよかったと心から思っています。
完璧でした。
主人公の男の子が走るたび、自分が子どもだった頃のことを、いいこともよくないことも全部、思い出せました。とりあえず、DVDが発売されたらすぐに買う。それは確かです。
日
24
1月
2010
カノッサの屈辱おもしろかったなあ、の話
目玉焼きに何をかけるか、みたいな話は子どもの頃から何度も聞いてきました。基本は、醤油をかけるのか、ソースをかけるのか、の二択。それで話してるうちに、俺ケチャップ、とか言い出すやつが現れてみんなにばかにされるといった流れでした。
「私の家、塩・こしょうでしたよ、ずっと」
上記が最近職場の子からもたらされた第三の勢力です。
これまで私の周囲ではまったく話に出てこなかったんですが、ケチャップと大きく違うのは、「塩こしょう、の方がおいしいんじゃないか」と他派閥の私ですら思ってしまったことでしょう。
第三の勢力が力を持つことがあります。
有名なところでは三国志の『蜀』でしょう。そして三国志に関する知識が「NHKの人形劇おもしろかったなあ」程度で止まっているので、三国志の例えはここで終了するでしょう。
ハンバーガー屋さんで言えば、マクドナルド・ロッテリアに続いたモスバーガーもあてはまるでしょうか。そして今書いてみて気付きましたが、これ、大昔の深 夜番組「カノッサの屈辱」でまんま言ってました。盛大にぱくった話を続けるわけにはいかないので、この例えもここで終了するでしょう。ちなみに私はモス バーガーは嫌いです。小さいから。小さいとおなかがいっぱいにならないから。おなかがいっぱいにならないごはんなんてごはんとは認めないから。俺の目が黒 いうちは認めないから。カフェのランチプレートとか、認めないから。あんなひょろひょろ野郎に娘はやれないから。
えっと、なんの話でしたか。
そうそう、私は目玉焼きにはケチャップをかけます。
土
16
1月
2010
私と八百屋
冷蔵庫が小さくて困っている。もっと広い野菜室が欲しい。もっと茄子を、私にもっと茄子を。
などなど、みんなの冷蔵庫に関する欲望 は尽きないと思いますが、今日はそんな悩みびとたちにアドバイスと言いますかヒントになるようなことをお話できればなと先生は考えています。あと今先生の ことを「きもい」って言った澤田さんはあとで職員室に来なさい。やっぱ保健室に来なさい。ベッドを囲ってる白いカーテンの内側に来なさい。5時半には保健 の吉永先生が帰るのでそれを見計らってきなさい。なんか、こう、いろいろしましょう。
あの、今住んでるとこの近所に『お店』っていうよりは『難民キャンプ』とか『防空壕』に近いたたずまいの八百屋がありまして。とりあえず掃除したらどうかな、と初対面から言いたくなる店構えなんですが、努力はしてるみたいなんですよ。
特売の日とかね、お客さんへのアピールがすごいですから。その店がある路地の入り口に立ってる電信柱に、油性マジックで『特売』って書かれたダンボールの切れ端みたいのが貼られますから。
もちろん、商品ひとつひとつへのアピールも忘れてません。先週通ったときには、りんごが入った箱にもはや見慣れたお手製のダンボールPOPが付けられてて、『みつ入り』って大きく油性マジックで書いてありました。
うん。言いたいことはわかります。わかりますが、『みつ入り』はとりあえず違うと思います。りんごになんか、なにかしらの蜜を注射器で注入してる絵しか浮かびません。
その八百屋の近所に引っ越してきてかれこれ5年近く、冗談ではなく真剣に、そこで買い物してるひとを見たことがないことに気付きました。私も最初の頃は「大丈夫なのかこの店」と不安に思ったものですが、最近はこう思います。
もしかして店じゃないんじゃないのか。
買いすぎて冷蔵庫に入りきらなくなったたくさんの野菜を家の前に収納してる、すごく野菜が好きなひとなんじゃないのか。
いつもいるおばさんは店番をしてるんじゃなくて大好きな野菜をただ眺めてるんじゃないのか。
「私と野菜がいる。私しかいないって考えるよりはすこしは前向きなんじゃないかなって思うんですよね最近」
ロッキングオンの一万字インタビューでもそう語ったんじゃないのか。
3万人を集め、
はい。話の途中ですが、チャイムが鳴ったので今日はおしまいです。次は八百屋のおばさんの全国単独ツアーが始まるまでのいきさつを勉強していきたいと思います。来週の火曜までに「私と八百屋」というタイトルの小論文を八百字以内で書いてきてください。宿題です。
あと、さっき話の途中で先生のことを「あのじゃがいも野郎」って言った高橋さんは、白菜を使った恥ずかしい写真を宿題の小論文と一緒に提出してください。ゼムクリップでとめて提出してください。よろしくお願いします。
日
10
1月
2010
いまさら、ハチクロの話をしてみる。
今日仕事で千葉に行ってきたんですが、天気もよくてすごく気持ちよかったです。もうね、途中の葛西臨海公園で降りようかと思いましたから。観覧車乗っちゃおうかと思いましたから。ハチクロの好きな台詞思い出しながらひとりで乗っちゃおうかと思いましたから。
ええと、すいません、前の行を書き終わってから「葛西臨海公園行ったのって何巻だっけなあ」となんとなく『ハチミツとクローバー』の1巻を本棚から抜き出してなんとなくめくりはじめてなんとなく読みはじめて、たった今2巻の途中のところで我にかえりました。
「全てが過ぎて何もかもが思い出に変わる日はきっと来る」
のところで我にかえりました。現在、午前2時30分。明日も仕事です。
ええと、もう千葉のこととかどうでもよくなったのでハチクロの話をすると、理花さんが好きです。かわいい。映画のときに理花さん役だった西田尚美さんも好きです。かわいい。竹本くんも好きです。かわいい。スヌーピー。かわいい。
あと、何巻か忘れましたけど、真山が就職してもあのボロアパートに住み続けてる理由として、
「欲しいものがあるから」
みたいなことを言ってたと思うんですけど、そんで、「おお。これはきっとラスト近くへの伏線なんだろうな、たのしみたのしみ」と思ってたら特に明かされないまま終わっちゃったんですけど、あれ、なんだったんでしょうか。
小鳥のブローチが欲しい、と思ったこともありましたが、使い道がまったくわからないのでその気持ちは封印しました。
今ならわかります。
男には必要ない、と。
小鳥のブローチが欲しい、って発想が既に若干気持ち悪い、と。
ブローチとバッチはよく似てる、と。
じゃあ、これから最終巻の10巻まで読まなきゃならないので終わります。さようなら。
土
02
1月
2009
本屋大賞についておもうこと。
すこし個人的な話になってしまうのですが、書店の現場から離れておおよそ8ヵ月が経ちました。あっという間だった、と言いたいのだけれど、今現在書店で働いていたのが数年前のように感じています。
それで、忘れてしまわないうちに、働いていた頃思っていた『本屋大賞』のことを書いておきたいと思います。ただ、私は運営側の方とはほとんど面識もありませんし、『本屋大賞』とはこうなんだ、ということではなく、私個人の考えであることをご了承ください。
あと、たぶん長くなるのでそれもご了承ください。
『本屋大賞』は書店で働いてさえいれば、社員・アルバイト関係なく誰でも参加できる賞です。
そして批判的な言葉も、出版社であったり書店であったりライターであったり、どちらかというと業界内から聞こえていたように思います。
その内容はたいてい一緒で、
「せっかく書店員が選ぶ賞なのに、どうしてそんなものを選ぶの?
もっと地味で売れていなくても『売りたい』と思う『いい本』を選ぶべきなんじゃないか」
というような趣旨でした。
まず言いたいのは、『いい本』なんていうのは存在しないということです。あるのは『おもしろかった本』だけで、それは読むひとによって全部違うということです。
『いい本』『悪い本』なんて考え方が、ライトノベルなんてばかげたジャンルのくくり方を生み出したように思えてなりません。ライトノベル全般を下にみているひとたちは驚くことに確実にいて、それは例えば、定金伸治さんの『ジハード』や最近だと紅玉いづきさんの『ミミズクと夜の王』に心を動かされたひとたちを、本を売る側の人間が本が好きなひとたちをばかにしているのと同じことのように思うのです。
おもしろいと思うひとと、そうじゃないひとがいる。
それだけのことなのに。
これは断言してもいいと思うのですが、本屋大賞の歴代の受賞作は全部、本屋大賞がなければ特になんの賞もとっていません。リリーフランキーさんの『東京タワー』に至っては、おそらくノミネートすらどの賞にもされなかったでしょう。
できるだけたくさんのひとたちが面白いと思える間口の広い本を、「おもしろいよ」と紹介すること。
仕事が忙しくてたまには本を読みたいけど読む時間も面白い本を調べる時間もなくて、そんなひとたちがたまのぽっかり空いた休日に安心して手を伸ばせるような本を紹介すること。
そんな一番必要とされている賞に、本屋大賞はなりつつあると思うのです。
以前伊坂幸太郎さんが『ゴールデンスランバー』で大賞をとったとき、翌年「2年連続は選んじゃ駄目でしょ」というような声を聞いたことがありました。
よくわかりませんでした。
作家の権威とか、実績とか、発売元の出版社とか、そんな本のおもしろさとは関係ない部分が働いている他の賞の選考にはみんな飽き飽きしていると思っていたからです。
おもしろければ、2年でも3年でもずっと取り続ければいい。それが読者の信頼につながるんじゃないかと思うのです。
ただ、本屋大賞に関しては一つだけ残念なことがあります。
それは投票数の少なさです。
具体数は書きませんが、全国の全書店員数から考えると、まだまだ多くの書店員が投票していないというのが実情だと思います。
2009年度の一次投票期限は1月11日。どうか一人でも多くの書店員が投票してくれるよう、なんの関係者でもないのに勝手に願っています。
お金にもならないことを少ない時間とお金を削って運営してくれているスタッフの方たちに恩返しする方法は、それだけだと思うのです。
下に公式サイトのリンクをこれまた勝手に貼っておくので、もし今現在書店でアルバイトしていて、アルバイトも参加できることを知らない方がいたら、是非のぞいてみてやってください。
本屋大賞公式サイト
