宜しい、んだけど。

 

 

「お客様、こちらにサインをいただいても宜しいでしょうか?」

 

 無印良品のレジ。カードで支払いをしようとしたら、レシートとペンをずいと差し出しながら、爽やかな店員さん(20代後半くらい、男)が、聞いてきた。

 

「あれ、聞くの?」「それ、聞いていいの?」

 わたしは驚いて、一瞬かたまってしまい、気づいたらペンを手渡されていた。だから、レシートにサインを書こうとするものの、なんだか釈然としない。

 わたしは、「宜しくない」と云ってもいいのか。そうだ、きっといいんだろう。でも云ったら、わたしにとって「宜しくない」事態になるような気がする。だってサインをしなかったら、カードは使えないもの。   じゃあ、宜しかないじゃないか。

 なのに、どうして聞くのだ。「お書き下さい」じゃないのは、なぜなのだろう。もしかして「ファイナルアンサー(ほんとうに買いますか)?」ってこと? ご丁寧に、確認してくれているの?

 

 とまあ、ちょっとしたことが、やたらと気になる日もあります。

 

 で、終われないくらい、なんだか気になって、気になって。

 わたしは、サインを書き始めながらも、ぐちぐちと考えた。

 なぜお兄さんはそう云ったのか、聞いてみればよかった。でもいまからじゃあ、遅いよなあ。もう半分サインしちゃっているし。いや、遅すぎることはないんだよ。なにかを始めるのにね。とはいえ、嫌味っぽいよなあ。どうしてそう云ったのか、わりと純粋な興味のつもりなんだけど。ただ知りたいだけなんだけど。それって、伝わるだろうか。

 

 などと心中、忙しいのだった。

 で、忙しいまま、おとなしくサインをしたレシートを渡す。聞け、聞いてみろ、いや遅い、いいや遅くない、とおもいながら。

 すると、お兄さんが、今度は、

 

「お客様、有難うございます」

「お客様、ひとつの袋にお入れしますか?」

「お客様、申し訳ございません。入らないので、二つにお分けしてよろしいでしょうか?」

 

 ひたすらさわやかに、「お客様、お客様」と、連呼してくるではないか。

 「わたしは、あなたにお客様と云っていただくような人間ではありません」と、しょんぼりした心もちになった。だって、ちょっとした疑問一つ、聞けないんだし。

 

 なんて考えていると、なんだかふつふつと、腹が立ってくる。なんで、断りもなくあんたに「お客様」と連呼されなきゃならないのだ! 逆切れである。

まあ「そこの客」なんて云われたら、もっと腹がたつだろうし。「お客さん」だと爽やかなお兄さんが云う場合、ちょっとなれなれしくかんじて、いやだ。

 すると「お客様」で、しかたないんだ。だとしても「頼むから何度も連呼はしないでほしい」っておもった。もう、そっとしておいてください。

 

 ってわけで、「お客様」問題は片付いたのだけれど、やっぱり気になるのは、「サイン宜しいでしょうか?」問題、だ。

 それはお兄さんの考えた言葉なのか、それともマニュアルとして、そう云うことになっているのか。

 わたしはカードを使うことに慣れていないので、むしろそう云うのが一般的っておそれもある。不安になって、買い物をした駅ビルに入っている、ほかのお店でもカードで買い物をした。

 

 有隣堂、一万円以下はサインレス(ちぇっ)。

 靴下屋、「サインをお書き下さい」。

 ソニープラザ、「サインをお願いします」。

 

 とすると、お兄さんオリジナルか、無印良品の方針か、だ。

 気になって数日後、ふたたび無印良品へと買い物にゆくと、ほかの爽やかな店員さん(女、30代半ばくらい)も、「こちらにサインをいただいても宜しいでしょうか?」だった。それで、「お姉さん、おまえもか!」とか動揺しているうちに、聞けなかったんである。あーあ。

 

 というのが、三カ月くらい前の出来事だ。それからわたしは、鵜久森徹『無印良品の不思議』を読んだり、国友隆一『無印良品が大切にしているたった一つの考え方』を読んだり、無印良品に注目して生きて来たよ。

 『無印良品の不思議』は商品の写真をばーんと載せ、それに突っ込みを入れつつ愛でる、無印良品ファンに向けた本で、うっかりファンになってしまいそうだよ。

 『無印良品が大切にしているたった一つの考え方』は、大切にしてるっぽいことがたくさん書いてあるから、一つじゃない! って腹が立ったよ。それに国友さんは、いろんな会社の本を出していて、無印良品に愛着がなさそうで、悲しいよ(すっかりファン)。

 でも、この本で、勉強になったこともある。

 無印良品には、接客について店員さんが読む、「無印良品の働き方」という小冊子があるらしいということ。それから、年二回「匠の技」という接客技術を競う大会がある、とか。

 

 だから、「どうして『宜しいでしょうか?』って云うんですか?」って聞いても、匠のひとが、きっとやさしく答えてくれるはず。

 そう勇気づけられて、先日、久しぶりに無印良品へと行ってみた。それで、カードを出したら、普通に「こちらにサインをお願いします」って云われた。がっくりだ。つまんないよ。

 

無印良品が大切にしているたった一つの考え方 無印良品のふしぎ