『イニシエーションラブ』乾くるみ著

 

 

 ミステリ作家・乾くるみの綴る、この上なく歪んだ恋のリアル。

 歪んだという表現は決して誇張ではなく、リアルなのである。恋というのは歪んでいるのがリアルなのである、正常なのである、常態なのである。どうしようもなく馴染めない、東京からの転校生みたいなやつが恋なのである。テトリスで落ちてきたら、一番困るやつなのである。

 乾くるみのややソリッドな文体で、ある男女の恋愛模様が淡々と綴られていく。できるだけ写実的に。できるだけ史実的に。この物語の中の登場人物の誰もが、恋にこの上ない忠誠を誓うように、恋という観念のもとにひざまづいて、その手の甲にキスをして忘我したとき、人は、どういう風に動くのか。それを綴っている。

 もちろんミステリ作家ならではの仕掛けも施されているのだけど、なんというか、巷にあるミステリのようなあざとさがない。いや、というより、あざとくある必要がないのだろう。我々が恋に惑溺するとき、必ず忘れているある事柄、それを一歩引いた目線から丁寧に説明しているに過ぎないのだ。それを『仕掛け』だの『トリック』だの表現することは、つまり『恋』への忠義を裏切ることが出来ていないということなのだろう。

 本書を読んだ人は、あるいは憤ったり、あるいは涙したり、あるいは恐れおののいたりすることだろう。けれどそれは、あなたが恋をする資格を失っていないということでもあるのだ。

――余談だが、本作の著者である乾くるみは、男性である。Wikipediaを覗いてみると「ペンネームから女性に間違われることもあるが男性」などと書いてあるが、間違うとかそういうレベルを逸脱していると俺は思う。だって、くるみ、くるみだよ? どう転んでも男性の名前になりえない。これを「男性名のつもりでつけたんですけどね~」なんて言うのは、フランスパンにごま油ぶっかけたものを「中華料理です」っていうのと同じくらい無茶だろう。

 くるみ、くるみ、まあ平仮名だから勘違いしやすい、というのもある。中性的な名前の代名詞的存在である「薫」も「かおる」や「カオル」と表記するだけで随分印象が変わる。それならば「くるみ」も漢字にして、「胡桃」ではどうか? ダメだ、これではますますもって女性である。AV女優である。名前の感じからロリぽちゃほんわか系だと期待してみてみたら、ものっそい形相でうんこ食ってたりしてドン引きするタイプのAV女優である。この発言が原因で、全国の胡桃さんに謝罪しなければいけなくなる名前である。

 ならば「狂海」では? おお、多少当て字感も否めないが、やや男性っぽくなった気がする。しかし同時に、エロゲーの登場人物っぽくなってしまった感も否めない。「狂海」では、マッドサイエンティストによって、身体を軟体化させれるように改造された主人公である。その身体を駆使して、女性を辱めたり、軟体化した自らの身体に閉じ込めたりする主人公である。総勢十八名のヒロインたちを、思うがままに軟体陵辱しろ! と、煽り文句のつくパッケージである。税込3305円である。

 しかし軟体動物なら雌雄の区別もないはずなので、そういう意味では中性的といえる。おお「くるみ」は中性的な名前であるという理由が今、誕生した!

 この上なく、余談であった。

イニシエーション・ラブ (文春文庫)