『インシテミル』米澤穂信
いやー煙草も値上がりしたし、バイトでも探すかー! なんてコンビニで求人情報誌をちらちらっと見ていた主人公の目に飛び込んできた信じられない数字【時給:1120百円】・・・・・・つまり112000円、時給じゅーいちまんにせんえん。当然うろたえる主人公「え、誤植? 誤植でしょ?」しかし近くで同じ求人見ていた美女が彼に向き直って一言「俺はこの仕事やっけど、お前もやんね?」美女に言われちゃ仕方ない「やりまーす!」
とまあ、そんな導入で始まる本作インシテミル。その仕事の内容ってのも暗鬼館と呼ばれる場所で七日間過ごすだけ、まあちょっとその様子を記録させてはもらうけど他は何にもしなくていいよとうろんマックス。でもやっぱり時給11万は魅力的だということで十二人の男女が様々な想いを胸に暗鬼館へと足を踏み入れる。
さて。健康なうら若き男女が? ひとつ屋根の下で? しかも外部からの連絡手段もないクローズドサークルで? 綾辻行人の『十角館』を彷彿とさせる構造の館に? 七日間寝食を共にするとなったら? 殺ることは一つでしょー!
まあそんな風に思うのはミステリ狂いだけで、実際こんな状況にぶち込まれても性欲はともかく殺意なんか湧くはずもない。文化祭だから告っちゃいなよ! みたいなノリで殺人されてもキョトンなのだけれど、そこはやっぱり新鋭エンターテナーの米澤穂信。実にスムーズに主人公たちはクローズドサークルお決まりの殺戮螺旋へ巻き込まれていく。
展開としては非常にベタ、ベタすぎるほどベタと言えるだろうが、状況や設定から「そうなるだろう」と予測されていることを違和感なく行うというのは想像以上に難しい。いわゆるフラグという概念だが、それはあくまで「そうなりやすい」というだけで「そうなることが確定している」わけではない。最前線で結婚の話をしても死なない兵士はいるだろうし、加藤性だからってくしゃみの後いつでも金ダライが落ちてくるとは限らないのだ。
クローズドサークル。無作為に集められた男女。それは連続殺人を色濃く想起させるシチュエーションだ。しかしだからといって、それだけの理由で物語を進めていいはずがない。そんなことをしてしまえば、なにもかもが一気に陳腐になる。そこを妥協せず、しかも「おおっ」と思わせる理由で固めてくれた米澤穂信。この作品のどこに見所を感じるかは人それぞれだろうが、個人的にはその【理由】にこそ喝采したい。インシテミルはまさに「incite
mill」なのだ。
余談だが本作のタイトル「インシテミル」は凄く良いと思う。実際は上述したように「incite mill」のカナ表記なだけなんだけど、なんというか、ちょっと「(あなたも暗鬼館に)inしてみる?」みたいな事を言う高飛車な女性を想像できたりもして、凄く扇情的。こういうタイトルをつければ俺も面白いエンタメミステリが書けるかも! と思い「チンシテ食ウ(chin site cool)」ってのを考えたんだけど、どうやっても主人公がコンビニで弁当を買う以上の展開が思いつかなかった。あれー?
