『偽物語』西尾維新著
俺はいたって真面目な偽札だ。
偽札といっても人を騙して物品を巻き上げるこすずるいやつじゃない。真摯に真剣にただひたすらまっすぐな方のやつだ。
もちろん偽札でいることに満足しているわけじゃない。そもそもこうなってしまったキッカケはいつかどこかで見た本物のお札だった。そう記憶している。無骨な財布から出てきたそいつはとてもじゃないけど言い表せないぐらいに優雅だった。雲間から舞現れる天女のようだった。言い表せたわ。
無論のこと憧れた。そいつのようになりたいとそいつ然と振舞いたい、そう思った。その結果の偽札だ。そうだろ。本物がいるんだから、本物じゃない俺は偽札ということになる。違わない。自分でそう主張したわけじゃなくて周りがそういったわけだ。しかしそれも仕方ないと思ってる。最初はそれはもうひどかった。背中に日本銀行券と書いた旗を差し鳩尾に「万券」と彫ってカニを買いに行ったんだが、店主に無言でカニの食べれないビラビラの部分をぶつけられた。
「万札は荷が勝ちすぎてんじゃない?」
そう言った小器用な友人は、早々に千円札ぐらいに落ち着いて今じゃゆっくりとした生活を送っている。
しかし俺は、たとえばあなたがたの幾人かはそうであるように、それじゃ満足しないクソガキだったせいであきらめなかった。めげなかった。試行錯誤を繰り返しては何度も何度も商店に足を運んでは、そのたびにエビの食べれないところやシャコの食べれないところをぶつけられた。
「偽物め」そう面と向かって言ってくるやつもいたし、ただ笑って泥をぶっかけてくるやつもいたし、なんか高いところから「やめなよ」とだけ言うやつもいたし、俺に会うときだけ鳩尾の文字を「百円」に変えるやつもいたし、そもそもそういうことを言わない奴もいたし、色んな奴がいた。
別にそれをどうこう思ったりはしない。未だに本物だとはこれっぽっちも思わないし、端から見れば偽物の頭で考えた偽物の手足を偽物らしくじたばたさせてるだけに映るだろう。何も買えないしどこにも行けない、俺という偽札は一から十まで偽物に彩られた偽物の物語に他ならないだろう。本物を思い出そうとしても、もううまくいかないんだ。
しかしこの偽物の物語から降りることはできない。俺だけじゃない。目指してる姿や金額は違えど、色んな奴が偽物の物語を歩んでる。涙流すほど悔しくて血反吐漏らすほど苦しいのにやめられないのは、結局みんな物語のどこかで知ってしまうのだ。このくしゃくしゃでろくでもない俺っぽっちの偽札が、本物を買えるただ一枚の通貨だということを。

