『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦著

 

 

 これは恋愛小説だ。


 不本意ながらそう言わざるをえない。男性が女性と恋に落ちる、そういうことがある。二人の恋路に数多の邪魔者が横たわる、そんなのもある。そして男性は障害を乗り越えて彼女のもとへ・・・・・・とかくどうでもいい。この作品においてそんなものはハンバーグ弁当の下に敷いてあるスパゲティよりもどうでもいい。重要なのは彩りだ。豪奢な装いだ。けれん味たっぷりの味付けだ。絢爛さ。絢爛さなのだ。この作品の魅力は一も二もなく絢爛さなのだ。

 

 天狗と自称する男、神様と名乗る少年、パンツを履き替えない男。そして人はこともなげに空を飛び、コタツは韋駄天に奔走し、くしゃみから産まれた竜巻が四条河原をなぎ払う。現代京都を踏み台にしたファンタジックでコミカルでキュートでポップでガーリィな出来事たち!

 

 それもハリボテだ。

 キュート? ポップ? ガーリィ? 西野カナ? なんと軽薄千万! そんなチャラついた言葉では何も語れていないことに気づくのに、君は数ページとかかるまい。

 

 確かに人物はキュートでポップで滑稽至極だ。

 まさに出来事はコミカルでファンタジックで荒唐無稽だ。

 しかしそれらとは別に、あなたの中で間違いなく萌え広がる未知の官能!

 読み進めるたび脳の表面でぽっ、ぽっ、ぽっ、と種々に芽吹き、やがて赤に青に、緑に黄色に桜に萌葱に黄金に花咲く色彩の花弁。浮き足立つ。やがてふらふらと踊り出す。景色がふにゃふにゃと呂律を乱す。理屈を抜かれて頬がゆるむ、なんだかわからず眼尻がとろん。この不思議な読後感・・・・・・知っているだろう。おれも君も、よく存じているこの浮遊感・・・・・・そう、酒に酔うのによく似てるのだ。

 

 主人公たちの目に映る何気ない京都の情景が森見登美彦の手によって発酵し蒸溜され、たかだか文庫程度の大きさの樽に凝縮されている。インクの黒は、きっと、色彩がその中ですし詰めにひしめいているからそう見えているのだ。一行口に含むごとに、一段落飲み干すごとに頭の中で揮発するレトリック。読解する必要などない。色彩は脳で揮発したのち心臓で解凍され、やがてどくどくと体中の毛細に到るまで満ちていく。本来ならばこんな作品は書店ではなく、酒屋の棚、それもラフロイグやらポートエレンだのといったヘビーピートなメンツと一緒に陳列されて当然だとすら思う。

 

 一章に鼻先を近づけた時点で香る達磨の紅、ムギの琥珀に葡萄の紫。「ああ、これは面白いだろう」そう確信せざるを得ない芳香が眉間をくすぐる。そしていざ口をつければ舌先に触れるのは萌葱、さらにその中の褐色の黄金がとろりと流れだし、喉奥でいくらかの桃色が散華する。一目してその艶やかさがわかる桃色は透明な水滴に包まれ、その中に黒髪の乙女と繚乱な柄の錦鯉が泳いでいるのが見え、なんだなんだと顔を近づければおともだちパンチで眉間を貫かれ、その甘い味わいと仄かな熱に酩酊するのだ。

 

 やがて鼻の奥からインクとタバコと古紙の匂いが煎り胡麻のように香り、鼻腔を通り抜ける頃にはコーヒーめいた風味に変化する。ふいに白い指がコーヒーに一つ鮮やかな飴玉を落とす。モノクロに沈んでいく飴玉を探そうと飲み進めるごとに味わいはどんどんと熱を持ち、ついには喉奥で噴火する。ウォッカのようにショットグラスに収まる火山を、それでもあなたは飲み干していくだろう。そうして出会う人いきれ、瓦礫の山、木材の香り、達磨と緋鯉の架け橋に卵の匂い。少しカビ臭さを伴いながらも、ふわりと香る少女の匂いは、ついに泥酔したあなたを浮遊させ彼女のもとへと運んでいく。二人の恋路に街すらアルコールに沈む。酔いつぶれた街を飲み干しながら乙女は歩く。ずんずん歩く。人は囁き、彼女は呟く。

 

『夜は短し歩けよ乙女』

 

 そんなファンタジックでコミカルでキュートでポップでガーリィな作品だ。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)