星を継ぐもの/ジェイムズ.P.ホーガン
スッゲェーわくわくする!
そうだこんなに大事なことをずっと忘れてた、おれはSFをわくわくするために読んでいたはずだ。それは最初にドラえもんを見たときから、あるいは鉄腕アトムを読んだ時から始まった唯一絶対の価値観だった。構成だとか科学的考証だとかそんなものは瑣末な技術だ。いかに筋の通った考証がなされてようと、どれだけ緻密に世界観が設定されていようと、わくわくがなければそんなものはただの図鑑なのだ。
この古典とも言うべき古ぼけたSF作品が、些かもサビついていない手腕で見事におれをわくわくの渦中へと叩き込んでくれた。弾むような読後感だ。じっとなんかしてられない。明日が楽しみで仕方がない。だって明日は地球にいられるんだぜ? あさってなんかもっとヤバい。しあさってのことなんか考えたら失禁しそうだ。これから未来永劫、この翌日ピクニック感に匹敵するわくわくがあると思うともうそれだけで体中がむずむずして仕方がない。
だってそういえば地球のことなんかまるで知らないんだ。証明できる歴史なんてせいぜい有史以来の数千年だ。それ以前、人類が物心つく前の歴史なんかは推測の域を出ない。我々は巨大な疑問符の上で生活をしていることに目をつむり、勝手に類推して退屈する。
『明日も昨日と同じ今日だ』
果たして本当に? では、月から五万年前の人間の死体が発見されたら? ジュラ紀の地層から現代科学に匹敵するタブレットデバイスが発掘されたら? XJRのマフラーを加熱させると宮崎あおいの太ももと組成分子が同一になると判明したら? これまでずっと見ないふりをしてきた疑問符が一斉に感嘆符に変わっても、我々は滑り落ちないでいられるか? 舌を火傷せずにいられるのか?
地球外知的生命体の侵略も超巨大隕石の衝突も必要ないことをこの作品は証明した。必要なのはほんの少し、たった一つの些細な発見でいい。それだけで世界はガラリと変化する。ウソじゃない。「動いているのは天ではなく、地だ」その一言でどれだけ世界が変革したか忘れたわけじゃないだろう。我々は一歩も動かない、変わる必要すらない。ただ世界の方に変わってもらう、我々がわくわくする方向へと舵を切ってもらえばいい。そしてそれこそがSF本来の仕事なのだろう。必要なのは未来にかける調味料だ。「夕飯はカレーよ」そういう一言、地球規模のカレー宣言さえあれば、おれたちはずっとわくわくしていられるのだ。
この作品は無論、フィクションだ。しかしこれが事実になりえないと誰も断言できはしない。
それがもう。おれには、もう!
