美徳のよろめき-三島由紀夫
美徳という観念に彩られた模範的淑女が、アウトロー気味なイケメンとチュッチュニャンニャンする話。ってだけ言っちゃうとありきたりな不倫恋愛小説に聞こえてしまうけれども、この物語の本質はそこではない、そんなヌルい話なんかじゃない。
まあ確かに、こう、恋愛小説につきものの馴れ初めのドキドキ感と性交のヌレヌレ感と別れの辛さみたいなシャバシャバ感はそりゃもうもちろん完備、ハンバーグ弁当のバーグの下に敷かれてるスパゲッティ並に完備されてるんだけどもそれは単に「主張に必要だったから用意してみました」といった印象を受ける。
どちらかといえば「恋愛ってこうだよね泣けるよね」ではなく「人の美徳ってマジよろめきやすい、ハンパなくしょべぇ観念なんだけどコレ、マジコレ何コレ」って辺りに重点が置かれている。
美徳、ってのは道徳に沿った考えや行いまあ要するに「浮気とかありえなくない?」ってことなんだけれども、これがいかにしてよろめいていくか。どういった心理で、どのような過程を辿ってよろめいていくか、これが女の視点で淡々と綴られていく。
そのよろめいていく過程はもちろん、不倫恋愛小説なんだからあって然るべしであり、また、その様子もアチャー然として非常に面白いのだけれども何よりも特筆すべきはその生々しさ。美徳という砦に引きこもり、防弾ガラスごしにしか世間を見てこなかったお嬢さんが突如としてハイエナがうごめく荒野へ素肌に酸素一丁で放り出されたのだ。当然として悪徳は女を蝕んでいくのだけど、その悪徳の侵入・侵略を女がいかにして「許して」いくか。これが最大の見所である。
さすが「美徳のよろめき」と題してあるだけあって、その描写、主人公である女がよろめいていく自らの美徳を欺瞞と矛盾と曲解でもって無理やり正当化していく様が恐ろしくリアル。もう二十六歳にもなるとそこまで小説の登場人物に感情移入することもなくなっていくもんだけど、このときばっかりは俺本当にこの女殴りたいと思った。心底この小説の実写化を願った。実写化すれば、この女殴ることが出来るじゃないか。何なら俺がメガホンを取ろう。舞台・登場人物それら諸々を完全原作準拠で作り、演技指導も綿密に行い完璧に再現したい。そして、殴りたい。
ってなわけで彼女に浮気だの不倫だのされた経験を持つ人には上述したような理由で読むのをあんまりオススメはしない。あの頃の悔しさが再燃してもう俺なんか主人公がよろめいているページぎゅうっと押しちゃったりした。借りものの本なのに。あ、ついでにもう一つ注意を促しておこう。これまでの人生で一度でも「美徳がよろめいた」人も、読まない方がいいかもしれない。
つまり学校をサボりすぎて春休みと夏休みがつながっちゃった人とか、ネットゲームやりたさに同窓会断っちゃった人とか、親の財布から金盗んでまでカードダスやったのにクリリンが三枚出た人とかは絶対読まない方がいい。三島由紀夫の持つ正確無比、鋭利無類の筆致メスによって生きたまま身体を解剖されさらには「ここが胃でーその下のピンク色のが小腸」などとずるずる腹から引きずり出されながらリアルタイムで解説され「俺ってこんな汚い人間だったんだ……」そんな気分を味わうハメになる。
まさにグロ画像ならぬグロ活字。ちなみに上二つにガッチリ当てはまる俺はもうこれあと数年は再読しないと決意した。超オススメ!
