『金閣寺』三島由紀夫著
1950年に実際あった金閣寺放火事件。その犯人をモデルに書かれた文学小説であり、人間の真央を深く抉り取る三島由紀夫の精緻なる筆によって犯人がいかなる思想のもと国宝である金閣寺を焼滅せしめんとしたかが鋭く描かれており、未だ様々な文学者たちが意欲的な研究を続けていると聞き、おめーらばっかりで盛り上がってなんだよ俺も混ぜろよー! ポテチ買ってきたよー! ってなったので、研究する。俺もする。
まずもって『なぜ主人公である溝口青年は金閣寺を燃やしたか?』コレ。コレが肝心要の核心だよね。
それは主人公であるところの溝口青年が少年時代に「有為子」という女性にこっぴどくフラれたことが原因だ! いや、違う彼の持つ「吃音」というある種の不具が社会と彼とを隔絶し、その結果彼は解放を求めたに違いない! 馬鹿馬鹿何言ってんの、彼の友人である柏木が独自の思想を彼に吹き込んだのが原因だろう!
まあ様々な意見が跳梁したり跋扈したりしてますけれども、たぶんね、これね、俺思うにね。京都で金閣寺燃やすのが流行ってた時期だったんだと思うんだよ。
なんかこう、バイト先ですげームカつく社員とかいたりしたときに「あークソ! 燃やすかー!」みたいな。「ボーリング行く? それとも金閣寺燃やす?」ぐらいの、なんかこう相当モスキート級の責任感で金閣寺燃やそうとしてたんだけど、こう、実際燃やすとガチ犯罪じゃん、絶対親とか呼ばれるじゃん、だからあったと思うんだよね、金閣寺燃やしキット。
作中でも一応金閣寺の中には、小さい金閣寺のレプリカが置いてあるという記述がなされているわけで、それよりもさらにちっちゃい、それこそ手乗り金閣寺レベルのものが屋台で売ってて「ムシャクシャしたときにどうぞバーニン」あ、昔だから「ムシヤクシヤしたときにだうぞバアニン」って書いてたかもしんないけど、多分発売はされてたと思うんだよね。タミヤから。
で、何か京都で凄いそれが流行って、コロコロコミックで漫画化されたのをキッカケにデパートの屋上で大会とか開かれてはチビっ子がそれぞれのカスタムミニ金閣寺を持ち寄って「さあ決勝戦は烈くんのマグナムトルネード金閣寺 対 豪くんのスプラッシュサンダー金閣寺マウンテン! どちらがミニ金ファイトを決するのか……それではレディ……ゴッ!」ブロロロロローン! あ、別に走ってもいいよね金閣寺。燃えるから走れないってこともないからね。
「さあマグナムが第一コーナーに突入だ!」
「へへん! 俺のマグナムの方がコーナリング性能が上だぜ!」
「それはどうかな!」
「おおっと! スプラッシュが空を飛んだぁ~!」
「何ぃ! コーナーをショートカットしやがった!」
「へへーん! 空中戦なら俺が上だぜ~!? アーバヨッ!」
「ニャーン!」(豪くんの肩にいつも乗ってるマスコットの猫)
まあスプラッシュは結局、改造しすぎて「それもう銀閣寺だよね」って理由で侘び寂びリタイアしたりとかするんだけど、ともかくこういった感じで社会現象になり、終いには弟が買ってきた金閣寺に兄貴が勝手に放火して弟完全プッツンしーの、角材バウトしーの、警察沙汰になりーのでミニ金閣寺がどんどんホビーにふさわしくないという理由で規制されだしたのがちょうどココ! この小説の舞台! ココ! この時間軸!
溝口青年はどうしてもムシャクシャして金閣寺を燃やしたい! だけれどもミニ金閣寺がちょうど規制されて手に入らない! どうしよう! どうしよう! あ……本物を燃やせばいいじゃん! って流れだと思う。これ。間違いないよこれ~当たっちゃったよ~これ~。まあ何だろ、実際のところはどうだかわかんないけれども一つだけ理解できるのは俺みたいな人間がこの小説読み解こうとしない方がいいってこったぜ! アーバヨッ!
