土
23
5月
2009
おもしろかった話
一度だけ、父親に本をもらったことがあります。
そのとき私は小学生で、本が好きなことは公言していたので、喜ぶだろうとプレゼントしてくれたのだと思います。実際に、かなり嬉しかったですし。確か、誕生日とかではなくて、なんか普通の日だったと記憶しています。
タイトルは『南極物語』。
挿絵入りの児童向けの本でした。その頃私は、近所の図書館にある有名なファンタジー小説をかなり読みつくして、兄が持っていたSF小説を読み始めていました。ハインラインの『宇宙の孤児』とか、アシモフの『鋼鉄都市』とか。
表紙をみた瞬間まずいな、とは思ったんですが、「ありがとう」と父親に言い読み始めました。まあ。まーあ、つまんなかったわけです。ごめんなさい。あくまで10歳前後のこどもの感想ですから。許してください。それでも、せっかく父親がくれたものだからと最後まで読み、きっと最後はすばらしい感動があるはずだと最後まで読み、
「ジロー、タロー」
ってところで布団の上に投げ捨てたのを覚えています。
あのトンネルを二人だけで歩く。ゆっくりと、父親の歩調に合わせて。行きと帰りで、一時間から二時間はかかる。そのとき、子は父から真実を伝えられる。松平さん--あなたは大人になってから、一時間でも、父親と二人きりの空間で話し合ったことがあるか?
上記の台詞は、万城目学さんの新刊『プリンセス・トヨトミ』からの抜粋です。万城目さんの小説は、おもしろいけど古本でいいかな、という程度の個人的評価だったんですが、帯にも翻訳家の金原瑞人さんが書いていましたけど、間違いなくこれまでで一番の傑作だと思います。
伊坂幸太郎さんにとっての『重力ピエロ』のように、ファンが増えるきっかけになるのではないでしょうか。
さきほどの小説からの抜粋のあと、
そう--男は普通、そんな時間を一生持たない。
と台詞は続きます。
さすがにどんな言葉で伝えたか覚えていませんが、私は父に南極物語がつまらなかったことを言いました。そのときどんな表情を父が見せたのか、それも覚えていません。本当に腹が立つくらい、まるで覚えていません。まるで話していないからです。そのことで言い争いすらしませんでしたし、もちろん後になってから謝ったりもしていません。話していないなら、言葉を使わないのなら、忘れるのは当たり前だとも思います。
「忘れることができるから、私たちは生きていけるんだ」みたいなニュアンスの言葉を、本やら映画やら友人やらから、聞くことがあります。それは本当のことだと思うけれど、それでも私はあのての言葉が大嫌いです。いいことも悪いことも、忘れたいなんて願ったことは一度もないから。せめて、覚えていたかったからです。
なんだか話が長くなってしまいましたが、本自体は凄く出来のいいエンタテイメントですからご安心を。年末の本屋大賞とかとっちゃうんじゃないでしょうか。
