土
19
9月
2009
ひとりってやっぱつまんない
数日前の話なんですが、朝、出勤の準備を終えて部屋を出る直前に、鞄の中に読むものが入ってないことを思い出したんです。
初めて告白しますが、私、電車で読むものがないと死に至る奇病にかかってまして。
まあ、一大事なわけです。
なおかつその日は起きたのがぎりぎりの時間で、まだ読んでない本を探してる余裕もなくて、タイトルも見ずにカバーのかかった文庫を一冊鞄にほうりこんでから部屋を飛びだして。
そんなわけで、もう何年も前に読んだ『ネガティブハッピーチェーンソーエッジ』を読み返すに至ったわけです。
これだけ長々と書いておいて小説とはほぼ関係ないんですが、この本を読んで、昔ずっと考えていたとりとめなく結論もないことをぼんやり思い出したので、メモ代わりに書いておこうと思います。
ひきこもりって、TSUTAYAにDVDを借りにいくかどうか、が大げさな言葉を使うとターニングポイントなんじゃないかと思うんです。
誰にも会わずにじっとしていること。
働かないこと。
もちろん、食べるものがあるかどうか、という問題はあるでしょうけど、それらのことが悪いことだとはどうしても思えません。むしろ、幸せにとても 近いんじゃないかとすら思います。やっぱり「幸せ」だと語弊があるから、「平和」にしましょう。ひきこもりって、とても平和だと思うんです。
それと同時に、ひとりでいることは、つまらないことです。
例えば。
楽しい気持ちになりたいから、楽しい映画を観たいから、部屋を出てTSUTAYAに行ったとして。
車にひかれるかもしれない。
街中で、知らないひとに笑われるかもしれない。
好きだったひとが恋人と歩いているのを見てしまうかもしれない。
仲のよかった友達が知らぬ間に離れてしまったかもしれない。
大切なひとに自分でもびっくりするようなひどい言葉を言ってしまうかもしれない。
部屋を出て、ひとりではなくなって、嫌な思いをしたとしても、それでも映画が観たいと思えるかどうかが、問題なんじゃないかと思うのです。
楽しさとか嬉しさだとか、そんなきらきらしたものに手を伸ばしたその瞬間から、すべての悲しいことは始まるんじゃないか。
そんなふうに、思うのです。
一個だけ残ってる海老餃子に手を伸ばしたその瞬間から、すべての喧嘩は始まるんじゃないかと思うのです。
オンラインゲームに手を伸ばしたその瞬間から、時間泥棒はやってくるのだと思うのです。
最後の隠し味にとカレー粉に手を伸ばしたその瞬間から、結局全部カレー味になるのだと思うのです。
でもカレーは好きなので、それはそれで構いません。